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 3年前にも書きましたが、私が『幸福追求権』を知ったのは36年前初めて渡米した時です。
それはカルフォル二アの青い空の下、親友3人とホームステイ先の清水夫妻との晩餐時に
清水秀夫氏がアメリカの自由の凄さを説明され その原点に『独立宣言書』 が有りその中に
『幸福追求権』が有ることを話してくださったのです。当時の21才の私たちには、その正確な
意味は殆ど伝わりませんでしたが、『幸福追求権』と言う単語だけは記憶に残りました。

 さて、ここ数週間 『集団的自衛権』 に関連して、度々『幸福追求権』 と言う言葉がマスコミ
を通じて国民に流されていますが、皆さんは十分理解されておられますでしょうか? 実は
私は10年程前までは理解していると思い込んでいましたが、近年は5月3日BLOG にも書
きました様に 『幸福追求権』=『自己実現』 だとするならば、『幸福追求権』
は社会や世界に相当の弊害を及ぼす事になると言う、結論に至りました。

 たとえば、「人間を殺すと幸福な気持ちになる」という狂人の 『幸福追求権』 はあるのか?
また、「女性をレイプすると幸福な気持ちになる」という強姦魔に『幸福追求権』はあるのか?
「ドラッグ(脱法含む)をすると幸福な気持ちになる」という人に 『幸福追求権』 を認めるか?
この様な犯罪以外にも、「一人の人間が幸福な気持ちなった」 為に、周りの人が不幸になっ
たり迷惑が掛かったりする事は日常茶飯事です。 更には、「20歳以下の未成熟な人間」に
『幸福追求権』 を認めても良いのか?  等など・・・・・。
 そもそも、『幸福』と言う人間の心が決める主観的なものを、国家という公権がどうのこうの
と言えるものなのでしょうか? 


 更にはもっと深めるなら、そもそも 『幸福』 とは存在するのか? もしも、『幸せな気持ち』と
か『幸福感』と言う感覚をもって『幸福』 と定義づけするなら、 『幸福追求権』 などと言う権利
をどのようなものか、 定義づけすることは不可能 となる訳です。
 
 結論として申し上げたいのは 『幸福追求権』 などと言う『権利』 は、その昔、衣・食・住 に
こと欠く時代に、 国を統治する権力者達が 統治するのに便宜上作ったもので、 現代の様
な価値観の多様な社会では、殆ど意味を持つ事の出来ない『権利』であると言うことです。
 つまり、『新しい人権 』 などではなく、『 古い古い人権 』 そのものなのです!!!


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